丹波篠山市の歴史

「西尾武陵」丹波篠山市の俳人

西尾武陵(にしおぶりょう)明和3年(1766)~天保9年(1838)江戸時代の俳人である武陵(本名:邦直、通称:呉四郎、別号:杜陰、白雲居)は、大山村の庄屋、醸造家である西尾家に生まれました。21歳で家督を相続(12代)する一方で篠山藩の台...
丹波篠山市の古墳

丹波篠山市の古墳-山田2号墳の単鳳環頭大刀-

山田2号墳の単鳳環頭大刀丹波篠山市の大山小学校内の「ふれあい館」には、大山の古墳から出土した遺物が陳列してあります。その中に単鳳環頭大刀たんほうかんとうたちの柄頭つかがしらがあります。山田2号墳出土の単鳳環頭大刀の柄頭(『篠山市の指定文化財...
丹波篠山市の歴史

「大山八景」丹波篠山市大山地区に残る名所

大山記について丹波篠山市の大山地区には、江戸時代に書かれた『大山記おおやまき』という古文書が伝わっています。そこには、旧大山村の神社仏閣、名所、和泉式部伝説などが書かれています。また、八つの名所を選び、「大山八景」として紹介しています。『大...
丹波篠山市の歴史

丹波篠山市の古道-山陰道と大山の大坂街道-

701年の大宝律令で、全国は五畿七道ごきしちどうと呼ばれる地域に区分されました。そして、7世紀後半から8世紀にかけて、中央と地方を結ぶ道(官道)が整備されます。この道は10世紀ごろまで機能し、古代の道(古代官道)と呼ばれています。丹波篠山市...
丹波篠山市の古墳

丹波篠山市の古墳-雲部車塚古墳-

雲部車塚古墳(東本荘)墳長約140m、後円部径約80m、高さ約13m、前方部幅約90mの前方後円墳である雲部車塚古墳は、兵庫県下では2位を誇る古墳です(1)。また、馬蹄形の周濠・周庭帯・周溝(2)をもつ古墳で、主軸を東西にとり、前方部を東に...
丹波篠山市の古墳

丹波篠山市の古墳-三子塚古墳-

三子塚古墳(北野)名前のとおり3基からなる古墳群ですが、内1基が消滅しています。1号墳は直径20m(築造当初)の円墳で、5m~10mの周濠が確認されています。2号墳は直径18m前後(築造当初)の円墳です。6世紀前半の築造と考えられ、2基とも...
丹波篠山市の古墳

丹波篠山市の古墳-町浦古墳-

町浦古墳(追入)封土が失われ、石室が露出した状態で残る町浦古墳は、旧大坂街道沿いに所在していますが、不要な庭石が無造作に積んであるようにも見えますので、古墳であるということが地元の人にもあまり知られていません。『分布調査報告書』(1)にもそ...
丹波篠山市の古墳

丹波篠山市の古墳-新宮古墳-

新宮古墳(郡家)平地に築造されたものとしては丹波最大の円墳です。墳丘の直径52.5m、墳丘頂径17.5m、高さ7mを測ります。周濠の跡と思われる畦道が残っており、その幅は20mあります。貞享4(1687)年の古記録(『篠山領地志』)には、「...
丹波篠山市の古墳

丹波篠山市の古墳-石くど古墳-

石くど古墳(熊谷)丹波の石舞台として親しまれている石くど古墳の石室の長さは、巨大な天井石が2個乗っている部分で約4m、天井石が取り除かれている部分を羨道部とすれば、その長さは約5mあります。また、無袖式の石室で、外側の高さが3mあります。詳...
丹波篠山市の古墳

丹波篠山市の古墳-山ン谷古墳・いごり塚古墳-

山ン谷古墳(県守)山ン谷やまんたに古墳は、県守あがたもり神社の西側水田の中に横穴式石室を露出させて存在しています。残存長約12m、玄室長4.9m、玄室幅2.2mを測り、両袖の石室です。参考文献:村川行弘編 『兵庫県の考古学』 吉川弘文館 1...